月の友


		 冬の太陽に水浅葱の川が映える。昼にこの場所へ来るのは初めてだ。周りを見渡せ
		ば、小春日に騙されたのか、帰り花がぽつりぽつりと咲いている。小さな林の中の小
		さな空間。お気に入りだったこの場所が、私の心の隙間を埋めるようで、自然と目頭
		が熱くなった。

		 夜の八時五十五分。月の光が作る小さな影を踏みながら、砂利の上を歩いていく。
		少し川の上流の方まで行くと、大きな岩がある。その上に陣取って月を眺めるのが僕
		の日課だ。「今日は……、僕が先か」岩まで来て、呟いた。彼女が来る時間はまちま
		ちで、僕が月を堪能し終わってから来ることもある。声を掛けることもない月の友。
		だから、今日も気にせず月見を始めた。
		 五分ほどして来た彼女と月見を楽しんだ。ただ、月を見るというだけで、心が穏や
		かになっていく。月には魔力があるというのは、本当だと思った。また、明日も来よ
		う。そう考えた後、ふと彼女がいるはずの方向を見た。しかし、そこに彼女の姿はな
		かった。突然いなくなるのは以前にもあったことだが、やはり戸惑いを覚える。そう
		して今日も、彼女のことを気に掛けながら家路についた。

		 その日を境に、私はここへ来ることを止めた。その次の日、彼女が交通事故に巻き
		込まれたから。月の友がいない月見に、何の魅力もないことを、思い知ったから。
		 ……そんな自分勝手な理由でここを去って十四年。彼女の供養をするために、ここ
		に来た。彼女には供養をしてくれる人間などいない、と子供だった僕は気付かなかっ
		たのだ。誰にも懐かなかった小さな野良猫に敬意を払いつつ、岩の上に陣取った。は
		じめて見たとき、彼女がそうしていたように。

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